学生ブログ

キルギスの誘拐結婚から学ぶべきこと

携帯のアプリやテレビのニュースから社会の情報を取り入れるようになった生活に新たな情報収集の方法を提案しよう。

それは、写真集だ。

 

アイドルやモデルの写真集とは違い、私がオススメするのは多くの日本人も多種多様な国々に赴き集めた写真を綴った写真集だ。

現地や光景を撮った写真たちは動画に比べて多くを語らない。しかし、そこから得られる感情は非常に大きい。

 

キルギスの誘拐結婚 林 典子/日経ナショナルジオグラフィック社

中国の西に位置するキルギスという国では、古くから「アラ・カチュー」と呼ばれる文化がある。

日本語訳で「誘拐結婚」だ。キルギス語の文字通りに訳せば「奪って去る」という意味になる。

本書ではフォトジャーナリストの林 典子氏が5ヶ月に渡りキルギスを訪れて取材し、発行された。

 

表紙の写真の女性、ディナラは、誘拐され5時間の抵抗の末に結婚を受け入れた。

その翌朝に新婦の象徴である白いスカーフを被った際の写真だ。

誘拐の多くは男性が行い、友人たちが協力し、車で連れ去ることが多いという。

そして、連れ去った男性の家に到着すると、男性の家族は結婚の準備を進めており、新婦への説得を始める。

ディナラは連れ去った男性の親戚にあたる高齢の女性からの説得に、5時間もの間抵抗を続けた。

しかし、キルギスの高齢者を敬う文化や、一度男性の家に入った女性は不純になるといった教えが、誘拐されたディナラに結婚を受け入れさせてしまった。

 

誘拐結婚は悪い慣習なのか

誘拐結婚は現在法律で禁止されている。

警察に通報しても、「家族間の揉め事」として取り合ってもらえない。

なかなか古い慣習からくるものは規制が及びにくいのだ。

 

ここまでを読むと、誘拐結婚はキルギスの悪い文化として認識されがちである。

 

だが、既に誘拐結婚をした夫婦へのインタビューでは、現在は幸せであると語る夫婦も多い。

さらに、誘拐されていなければ彼とは結婚できなかったという人までいるのだ。

 

そもそも誘拐結婚のルーツは

「結婚に反対する両親の許可を得ずに駆け落ちを男女の合意から誘拐の形をとって行う」

ことから始まっている。

キルギスの誘拐結婚から私たちが学ぶこと

キルギスでは現在、男女平等の教育が徐々に浸透しており、女性の社会進出も多々見られる。

誘拐されるまでは、将来都会で働いて生活することを夢見る女性や、将来就きたい職業がある女性ばかりだ。

それでも誘拐され、結婚式を挙げた次の日からキルギスの女性は嫁ぎ先の地域の礼儀作法や、家事をこなす。

嫁ぎ先の地域で学生の頃の働く夢を叶えた女性もいた。

キルギスの誘拐結婚の善悪はキルギス国民でない他国の人々が煩くいうことではないが、

縛りのある慣習の中で生きるキルギスの女性たちの写真からは日本人にはない強さを感じられる。

 

私たちは、恋人や、職業を選ぶことができる環境で、世界の発展途上国に比べて自由である。

その環境下で、1度の挫折や、小さな失敗で落胆してしまうのは自由故の孤独から来るものなのかもしれないが、

写真集からは、自分たちの置かれている環境が、いかに自由で、いかに広く無限の可能性を秘めているかを気づかせてくれる。

何歳からでもやり直すことができ、いつでも挑戦できるのだと感じることができた。

 

小さな画面越しの世界にしがみつく生活から、将来の自分の姿を想像し、その姿に向かって1つずつ挑戦するべきだと思う。

コメントを残す

*